記述はやる気で決まる

 最近国語の読解問題で記述で答えを書く問題が増えました。文を答えると言っても、「あてはまる部分を書きぬきなさい」ではなく、「文中のことばを使って答えなさい」「自分のことばで答えなさい」という形式。つまり、作文で答える問題といいます。

 これは絶対に面倒です。アと答えればいいものを二十字とはいえ作文を書くということは、作業として手間がかかる。まず考えないといけないし、表現が正しいかも確認しなきゃいけないし、二十字越えたら、また書き直さないといけないし。

 だからやらないのです。子どもたちの答案を見ても、最初のうちはまず空いている。「どうしたの?」と問われて「面倒!」と答えるわけにはいかないから、「わからなかった」というだけの話。でも選択肢の問題は答えられているわけだから、まあ、時間がかかるから後にしよう、でそのまま空欄になってしまうことが多いのです。
 よく記述問題の適性、というような模擬試験がありますが、そんな適性はすぐ変わる。例えばすべての問題が記述であっても、そこにどうしても入りたいと思えば、練習するし、割と書けるようにはなるのです。ただ面倒だからやらない、というのは何とか克服した方が良い。

 私は良く国語の問題で「空白を残さない」ように指導します。「書かない」でテストを出したら、書くまで終わらせない。「え?やるの?」「そう、終わったら帰っていいよ」

 で、最後まで書けない子なんていません。帰らないといけない、と思ったら絶対に書く。「できるじゃない?」「え、まあ」

 だからわからなくてできないんじゃなくて、「面倒だからやらない」ということがその理由であることを知っておいた方が良いでしょう。もちろん、中には本当に書けない、という子もいますが、それも練習をすれば書けるようになる。結局は実際にやっていくうちにできるのですから、記述は適正ではなく「やる気」で決まるのだと思って間違いないでしょう。


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塾に出しておけば大丈夫?

最近は塾に通う年令がだんだん早くなってきました。

しかし「塾に出しておけば大丈夫」というわけにはなかなかいきません。今の塾は宿題や課題も多いし、カリキュラムの進行も速い。したがって、自分である程度できる力を先につけておかないと、ひたすらやらされる、ということになります。

ところが、小さいときからやらされれば、まず勉強は好きにならない。むしろ疲れてしまって、もういい、ということになりかねないのです。

本当は、まずできることをしっかり繰り返す。本を読む、計算の練習をする。漢字の書き取りをする。そういうことを確実に自分でできるようにしていくうちに、「できる」「わかる」ということが積み重なっていく。

家でもしっかり自分で勉強する習慣をつければ、そんなに早く塾に行かなくても中学受験の準備をスタートさせることができます。

まずは自分で課題を決めて、積み重ねていく練習をしましょう。


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